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オリンピックと渋谷寿光展(2)

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ごあいさつ

私の祖父寿光(としみつ)が足柄上郡松田で生まれたのは、今からちょうど110年前の1894年、明治27年でした。その年、フランスのクーベルタン男爵の提唱により前年に創設したフランススポーツ競技連盟をもとに、IOC(国際オリンピック委員会)が発足しました。その3年後、アテネで近代オリンピック第1回大会が開催されたのです。そして今年2004年、再びアテネで第28回オリンピックが開催されます。祖父は戦前戦後のオリンピックに陸上競技を通じて関わってまいりました。今ここに遺品の一部を公開できることは何かのご縁と思っております。

祖父はスポーツ、特に陸上競技をこよなく愛し、そのために人生の多くの時間を無償で費やしました。祖父は素朴な個人種目、学生競技から国体・オリンピック選手団の組成まで多くの競技大会の運営に幅広く関わっていました。その中で「スポーツマンシップとジェントルマンシップ」「競技の公平さと純粋さ」「アマチュアリズムの貫徹」「商業主義や政治から一線を画す」ことで、純粋にスポーツを楽しむことを伝えたかったのではないかと思います。

そして審判員、競技員として最も注力したのは、競技選手のためのルールブックの作成と大会運営といった縁の下の力持ち的な仕事でした。今の陸上競技の審判規則には「審判は競技者にはもちろん競技場に来たすべての人々に気持ちよく競技を見てもらうために努力しなければならない」「審判の歩行は堅苦しいものでなく、整然としてスマートでありたい」と定めています。国際陸上競技連盟(IAAF)の創設時から関わってきた、トラックでの祖父の姿が目に浮かんで来るようです。

また、旧制小田原中学に赴任した大正7年に東京高等師範の先輩であった金栗四三氏とともに箱根駅伝のコース選定、大会運営に関わることになりました。その後60年余りにわたり多くの学生競技や市民マラソンにも足を運びアマチュアスポーツの大会運営に力を注ぎ、後進の指導にあたりました。今やブームともなっている駅伝競技の発祥はここ旧制小田原中学での祖父の陸上競技部創設時のいろいろな人々とのかかわりがあったことと想像されます。まさに母校と郷土が生んだ「箱根駅伝」といえるのではないでしょうか。

足柄平野の温暖で豊かな自然は、スポーツを愛する若者の心と体を今も育み続けています。万葉のころからの歴史の流れはゆったりとした大きな心の広さと、堅実で実直な人々の生活を受け継ぎ、祖父寿光もこの温和な風土の中で育ってきたのだと思います。

今回、母校である小田原高等学校の学び舎に祖父の歩んだ記憶の断片を保管・寄託していただくことになり、大変感謝しております。故人の遺志は測りかねますが、教師としての最初の赴任地がこの母校であったことも含め、今の若人に何かを伝えることが少しでもでき、お役に立つことができるならば、本望であったろうと思われます。

この企画展示には、校長先生をはじめとする先生方のご協力なしには開催することはできませんでした。展示の趣旨にご理解いただき、会場等のご手配をいただいたお礼を重ね重ね申し上げます。

2004年6月12日      渋谷 彰久

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